この記事ではね、日本国憲法第26条のことを語っちゃうね。
26条っていうのは、教育ってめっちゃ大切ってことを言いたいのよ~。
教育はね、人が自分らしくなるためにも、
みんなでわいわいする社会で楽しくやってくためにも、
マジで必要なんだって。
んで、親はさ、自分の子に教育受けさせるのが「義務」なんだよね。
国も、教育をちゃんと受けられるような環境とか制度をばっちり整えるのが「義務」ってわけ。
でね、子どもはもちろん、私たち国民も、
自分の才能ややりたいことに合わせて教育を受ける「権利」があるの。
「女だから」「障害者だから」って理由で、その権利が邪魔されちゃうのは、絶対ダメなんだ。
※ちなみにね、子どもが自分で学校行かないことを選んだら、それはOKなの。
だって、子どものはあくまでも「権利」だから。
でも大人が「うち金ないから学校なんて行くな!」って言うのは、マジで義務放棄だよね。
具体的な話はこれからしていくね!
あとね、自民党が進めたいって言ってる改憲草案のことも話してるの。その問題点とかも一緒にね。
最後まで読んでくれたら、めっちゃ嬉しいな♡
日本国憲法第26条【教育を受ける権利と受けさせる義務】
条文をかみ砕いてみるね!
国民はみんなね、法律で決まってる通り、自分の能力に応じてみんな平等に教育を受ける権利があるの。
でさ、みんながね、法律で決められた通り、自分の子供たちには普通の教育を受けさせなきゃいけない義務もあるってこと。
義務教育っていうのは、無料で提供されるんだから、ありがたいよね!
ちなみに原文はこれね!
すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
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すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
日本国憲法第26条をさらに解説してみちゃうね!
そもそも「教育」って何?
この条文で言う「教育」っていうのは、
「個人が自分らしさを育てて、社会で意味ある時間を過ごすために必要なもの」
とされてるの。
この考え方は過去に裁判でもそのように判断されているよ。
教育を受ける『権利』ってなに?
この憲法の中では、特にね、「子どもの学習権を保障するっていうのが超重要」って考えられているの。
つまりね、「子どもの学習権が中心」っていう視点が、めっちゃメインになっているの。
でね、この学習権をガチで守るために、
国は教育制度や条件、教育現場とか、
教育に関わる環境をバッチリ整えることが求められているわけ。
教育を受けさせる『義務』って何?
今の日本の義務教育って、小学校と中学校を合わせて9年間だよね。
でも、よく人が間違えちゃうのが、
「だから子どもは学校行かなきゃだめだよ、子どもに義務があるんだ!」
って思っちゃうこと。
実はね、子どもにあるのは「権利」なの。義務があるのは大人の方なんだよね。
憲法で言われてる「義務」っていうのは、親とか保護者、つまり大人たちに課されているの。
保護者は、子どもが教育を受けられるような環境を作らなきゃいけないんだよ。
そしてね、国も教育関連の環境を整える必要があるの。
親も、教師も、国も一緒になって、子どもの学習権を守るのが、今の流れってわけ。
じゃあ、教育の内容を決めるのは誰なのかってのも気になるよね。
国が決めるのか、それとも国民(親と教師)が決めるのか。
今のところはね、「どっちか一方だけっていうのは偏りすぎてる」ってことで、中間の立場をとったの。
つまり、「国」と「教師や親」で責任は半分こされているって感じかな。
「能力に応じてひとしく」とはどういうこと?
第1項に「能力に応じてひとしく」って書いてあるんだけどね、
これは、みんなが自分の適性や能力に合った教育を受ける権利を、
等しく持っているってことを意味しているの。
だから、学校のレベルを分けたり、
受験で学生の学力をもとに入学者を選ぶのは、差別じゃないってこと。
でもね、「女性は100点減点」だとか、
「障害者は合格ラインに達してもダメ」なんてことをするのは、
めっちゃ差別だよね。それは絶対にダメで、憲法第14条の平等原則にも反するんだから。
義務教育の「無償」ってどこまで?
過去にね、この無償教育の範囲について裁判があったんだよ。
その結果、無償っていうのは授業料のことで、
教科書代や給食代みたいな他の費用は含まれないってされてたの。
公立小学校の教科書代を親が払うのは憲法違反じゃないって判断されたことがあるんだよ。
でもね、そのあと、また解釈が変わってね、
そして法律ができて、今では義務教育の教科書代も無償になったのよ!
今では、給食費も無償にすべきじゃ?っていう動きが広まってきているよ!
自民党が第26条をどんな風に変えようとしているか知っておいて!
- 何を変えようとしてるの?
-
国が教育環境を整えることを憲法に新しく書き込もうとしてるの
- 問題点って何?
-
教育を「国の未来を切り拓くためのもの」として位置づけようとしてること。
今までの教育って「個人のため」って考えだったけど、
改憲草案では「国のため」としちゃおうっていう感じなの。
つまり、国民には国のために尽くせって言いたいわけだね。
「教育」の定義を変えようとしているよ
新設される条文では「教育は国の未来を切り拓くために欠かせない」として、
国は教育環境の整備に努める必要があるって言ってるの。
でもね、今の憲法では教育って「個人の人格形成や社会で有意義に過ごすために必要なもの」とされてるのよ。
それを、改憲草案では「国の未来を切り拓くために必要なもの」と変えようとしてるんだ。
つまり、うちら一人一人、それぞれの未来のために勉強してね、じゃなくて、
国の未来のために勉強しなさいって意味に変えちゃうの。
これがどれだけヤバいことかは、次に説明するね。
「全体主義」にシフトさせようとしているよ
教育を個々人のためじゃなくて、国のためにするって考えは、「全体主義」とすごく相性がいいの。
おっと、まず、個人主義と全体主義の違いから説明するね!
個人主義っていうのは、集団の中で、みんながお互いの権利(基本的人権とか)を尊重すること。
みんなで助け合いながら生きてるわけだけど、
その中で個人が尊重され、みんながお互いを尊重するのが大事ってわけ。
ここでいうのは、自己中心的な意味じゃないの。
そして国は、個人のためにあるんだよ。
国民が生きやすい社会を作るために、国民に奉仕するのが国の役割。
一方、全体主義っていうのは、個人は全体(国)のためにあって、
個人の利益よりも全体の利益を優先する考え方。
個人の人権は、どれだけ社会のために生きられるかによってのみ認められるの。
ここでは個人の人権の尊重なんてのはないんだよ。
今の憲法では、思想の自由や個人の尊重が保障されているのね。
国が教育に強く介入して特定の思想を教え込むのは決して許されないんだ。
でも、改憲草案では、思想の自由や個人の尊重も国が与えるものとされているの。
そして、その範囲も国が決めるって内容になってるんだ。
だから、この改憲は国が望む思想を教え込む環境を作るのを目指してるって考えてもおかしくないの。
あとがき
義務教育の給食代が無償になってきている自治体が増えているのはいい流れだよね。
近い未来、全国で無償になるといいな。
教育って、個人の人格形成や社会で有意義に過ごすために必要なものだよね。
だから、歴史や政治についても、事実をしっかりと見つめ、考える力を身につけることが大事。
でもね、改憲草案が通っちゃうと、
この思考力や批判力みたいなものが間違いなく削られちゃうんだ。
そうなると、今よりももっと「全体主義」が進んで、
「国の言うことは正しい」「終わったことは言うな」という空気が強まるかも。
それはね、戦前みたいな、もしかしたらそれ以上にひどい状態の日本を作ってしまうかもしれないんだ。
だからこそ、そうならないためにも気をつけなきゃいけないんだよね。