【憲法第100条の解説】日本国憲法の施行についての条文

日本国憲法第100条 施行期日と施行前の準備行為

こんにちは、ぴくとです。(今後の予定とお願いはこちら

日本国憲法の施行前後の流れについては、以下のようになっています。

成立:1946年(昭和21年)10月29日
公布:1946年(昭和21年)11月3日
施行:1947年(昭和22年)5月3日

この辺りについても、憲法の補則にて定められています。

目次

条文:第100条【施行期日と施行前の準備行為】

この憲法は、公布の日から起算して六箇月を経過した日から、これを施行する。


この憲法を施行するために必要な法律の制定、参議院議員の選挙及び国会召集の手続並びにこの憲法を施行するために必要な準備手続は、前項の期日よりも前に、これを行ふことができる。

第100条の解説

日本国憲法の始め方について規定された条文。

施行日は公布日から6ヶ月を経てから。
だが、施行後も色んな事を滞りなく進めるために、法律の制定や選挙、国会等については施行前から始めても構わないものとする。

冒頭でも言いましたが、

成立:1946年(昭和21年)10月29日
公布:1946年(昭和21年)11月3日
施行:1947年(昭和22年)5月3日

公布から施行まではちょうど6ヶ月空いていますね。この間には、日本国憲法を国民に理解してもらうべく「憲法普及会」が組閣され、様々な形で啓蒙普及活動を行っていたとのことです。

■国民への啓蒙普及活動の例

  • 全国各地の住民を対象にした講演
  • 憲法の解説書の刊行
  • 公務員に対する研修
  • 憲法の成立過程をあつかった映画の製作
  • 各世帯へ小冊子の配布(『新しい憲法 明るい生活』)
  • 子供向けの教科書

総司令部(GHQ)の指導のもととはいえ、国民に理解してもらおうと丁寧に活動していたことがわかります。

■施行に必要な法律等について

それまであった刑法や民法が憲法に合わせた内容へ改正。
また、新しい皇室典範・国会法・内閣法・裁判所法・地方自治法等が新たに制定されました。

■参議院選挙

それまでの日本は「衆議院」「貴族院」の二院制でした。
この貴族院というのは、皇族のほか華族制度に基づく有爵議員・勅選議員及び多額納税者議員で構成されるものだったため、「民主化にはふさわしくない」として廃止となります。(※日本国憲法の施行とともに華族制度の廃止)

そして新たに設置された「参議院」も公選によって国民から選ばれた人たちがなるという、今の形になったのです。

  • 1947年4月20日:第1回参議院選挙
  • 1947年4月25日:第23回衆議院総選挙

■実は総司令部(GHQ)は一院制を提案していた

実は最初の憲法案においては、一院制を打診されていました。それに対して、日本側が二院制を主張していたのです。

ですが、これは「貴族院」を残す形での二院制でした。貴族院は民主化推進にふさわしくないと、当然反対されますよね。折衝の結果、貴族院の廃止・公選による参議院の設立という形で総司令部に認めさせることになります。

となると、当然日本政府内においても「一院制で十分ではないか」という声があがることになるのですが、これに対しては「参議院は一種の抑制機関である」「多数党の一時的な勢力による弊害を防止するものである」と、金森国務大臣が答弁しているそうです。

憲法改正草案との比較

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改正に、当時の補則は不要ですからねー。

解説のまとめ

日本国憲法の公布から施行までは6カ月以上あけること。その間に、国民への普及を行う。また、法律の整備・参議院選挙は施行日前でも構わないとする。

金森国務大臣の答弁、国民に対する憲法普及活動……

今の政府からは全く考えられない出来事だと思ったのは私だけでしょうか。当時目指していた民主化は、いまだにうまくいっていないということでしょうね。悲しいことに。

※おまけ
5月3日:憲法記念日
11月3日:文化の日

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